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■ 自信をもたらすもの
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自信満々の人って、
なんか激しそうなイメージがありませんか?
きれっきれのゴリッゴリ!って感じ、
ありません?
実は、そのイメージとは事実違っていて、
揺るぎない自信をもっている人って、
実は「自他に優しい人」だったりするんです。僕はそう感じるんです。
優しさが安定的な自信をもたらすように、
僕は理解しています。
優しさとは、「何でもOKだよ」と甘やかすことではありません。
優しさとは「あるがままを受け入れた」上で、最善だと思うアクションを起こすことです。
優しくあることの1つのメリットは、
疲れないことです。
自分に優しければ、自分でも他人でも…
何か失敗してもミスをしても、
ダラダラしても、
それを受け入れて、
「じゃあ、ここからどうする?」と
未来に集中できます。
一方で、
「こんなんじゃダメじゃないか!」
「失敗だ、最低だ」
と否定的になっていれば、
過ぎたことに囚われて、どんどんとエネルギーが消耗されていきます。
優しさは、
〝未来〟に集中させてくれるのです。
優しさの真逆は、
「ジャッジ(裁く)」です。
「否定・批判・決めつけ」、
〝過去〟に囚われる状態です。
ジャッジする人は、自分にダメ出しをし、
裁いて、傷つき、疲れていくのです。
そして、人のアラも気になり、裁いて、
イライラして、疲れていくのです。
ジャッジをすると、自己肯定感が下がり、
自信を失っていきます。
自信がない人は、
「ちゃんとできてないからダメだ」
「間違ってしまった、なんてダメなんだ」
…etc.
よかった・ダメだった・失敗だ・できた!と、過ぎたことの判定で忙しいです。
自信がある人の共通点は、今起きていることをジャッジせず受け入れ、今の心の状態に集中して、アクションを起こすことです。
だらだらと、書き連ねてしまいましたが、
要は何が言いたいかというと、
優しさは自信を生むと同時に未来を向く力を与えてくれます。
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■ じゃ、どうなったら優しくなれるの?
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「自分の喜びを大切にする」ことです。
心が喜ぶこと、
幸せになれる瞬間、
ホッとする瞬間…
そうしたことを自分に与えることです。
ペットと遊ぶ…
すきな人と過ごす…
カフェにいく…
お風呂に入る…
カラオケいく…
Anything is okay‼️👍
自分がホッとできる、
喜ぶことなら何でもオッケーです🙆♂️
僕はだいたい毎朝6時に起きて、
その日の午前中に予定がなければ、
7時ぐらいから近くのコメダ珈琲店に行きます。
そこで毎日午前中は、コーヒー飲みながら色々と考え事や本読んだり、調べものしたり、ブログ書いたり、コンテンツ作ったり…
やりたい事を自由にやって過ごしています。
これが僕のホッとする喜びの時間なんですね。
ある人は、ゆったり家で過ごすことが喜びタイムの人もいますし、
ある人は、お客様の笑顔を見れることが喜びの人もいます。
ある人は、美術館で芸術に触れることが喜びの時間の人もいますし、
ある人は、創作することが喜びの人もいます。
大事なのは、〝正しいか・間違っているか〟〝効率的か・非効率的か〟という頭で考えるのではなく、喜びとかホッとするという感覚を重視すること👆
東京大学名誉教授の養老孟司氏は、
「効率的かどうか、経済的かどうか、そうした物差しで人生を測ると、
生きることはとても非効率的だし、非経済的となる 」
ということを言っています。
確かにそうです。
最もお金をかけずに、時間をかけずに、経済的に生きようとするならば、それはじっと家でおとなしくしている事で…
それはそれは、とてもとても退屈な人生になってしまいます。
そもそも楽しく生きるということ自体が、
効率重視ではうまくいかないんですね。
ただ使うだけのパソコンや車などは、
効率や燃費だけでもいいかもしれませんが、
パソコンに対して愛情がある人は、
わざわざ手作りしたり、
車に対して愛情がある人は、
わざわざ燃費が悪くても好きな車に乗ります。
わざわざ地図を持たず旅に出る👆
わざわざカスタムした車に乗る👆
わざわざ前の晩から下準備して料理を作る👆
これが〝生きる〟ってことの様に思います。
喜びを大切にしている人…
それは「わざわざ時間とエネルギーとお金を余分にかけて」生きる人。
人生の喜びは、そんな「わざわざすること」の中にあるようです。
人生は壮大な暇潰し‼️
だからこそ、
人生いかに楽しめるかが生きるコツ👆
そんな日々を楽しめて生きている人に
〝自信〟は宿る!
自信とは生きる悦びに基づいている!
その様に思います。
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